メル友中心の生活
メル友ライフって聞く人が聞けば凄く悲しい響きだ。なんで友達じゃなくて「メル友」が欲しいとみんな口をそろえて言っているのか。メル友の存在価値は経験した人にしかわからない。例えば男性がポチポチケータイをいじっている姿をみて女性はその姿にひかれるのだろうか?答えは「ノー」。そこには「女々しさ」という言葉が付け加えられる。ではこの女々しさというのはどこで判断されるのか。少し話がそれてしまうが「女々しい」の言葉の意味を説明しましょう。
メールは女々しさの象徴ではない。
女々しいという言葉はそのまま。女性ホルモンが多く分泌されている男性なのか、男性ホルモンが多く分泌されている男性なのかという判断になる。「自分で責任を負うことから逃げる」「メールを頻繁に送ってくる」「弱音をはく」「常に逃げ腰」「なよなよしている」「行動力がない」など例をあげればきりがないだろう。これらが女性から嫌われ易い男性の主な態度になるが、それらを決定づけているとされているのが「女性ホルモン」の分泌度合いということが研究結果ででているらしい。じゃぁ、メル友に限らず男性はケータイを常に片手に持ち「メール」を作成している姿はどちらに分類されるのだろうか?
真の男らしさはメールにある!
もうひとつ面白い話があったので紹介。「優柔不断」という言い方では悪いイメージが強すぎるだろうがこれは男性らしさの象徴なのだそう。決定することを急がない、あせらないという事に男性の堂々とした姿が見受けられるのだ。物事は言いようで優柔不断ではなく堂々と構えていると言ってしまえばとても聞こえがいいのだ。よって、優柔不断というのは「女々しい」ことではないという心学的決断が下されている事がわかるが、我々一般人からすれば優柔不断なんて見ているとイライラする上に「さっさと決められないからなよなよしているって言われるんだコイツ。」という地点に至る。これは実はそう思っている本人が女々しいことになってしまうらしい。
女々しさの履き違い。
メル友ライフを堪能していることと男らしさは非常に深い因果関係にある。メールというのは相手の都合次第ではなかなか返事が返ってこない。よって「結果」をじっくり待つ必要があるので堂々とした態度でいなければならないのだ。もし、必要以上に返事を無理強いしているのであればそれは結果を待つことができないので、それが「女々しい」の対象になる。メールを嫌う人はすぐに相手に電話をかけるのだ。(もちろん急用の場合は除く)これもまた答えを待ちきれない衝動の結果がそうさせている。
メールの内容と女々しさのつながり
ケータイ電話とじっくり向き合い、言葉を考えながら相手に要件を伝える。これは正しく女々しい男性にはとてもじゃないけれどできないことなのだ。メールで長文を打ち込み相手に送ることも女々しい男性がすることではない。更に「ポエム」のようなメールを女性に送る男性がいたりするらしいがこれも実は女々しい男ではないという事になる。これらは心理学的に証明されたことを元に例をあげていることなので、ポエムを送信するからと言ってその男性が女々しくないとは言い切れないのが心理学の怖い所。なんせ研究対象は人間の計り知れない心なのだから・・・